RETROGRADE(レトログレイド)は北海道の旭川近郊の町、鷹栖町にある蒸溜所で作られるクラフトジン。今回は蒸溜所の見学も兼ねてRETROGRADEを製造するSon&Heir株式会社の南 亜太良さんにお話を伺ってきました。
鷹栖町は旭川市にほど近い町です。
RETROGRADEの作り手-南 亜太良さん-
誰も知らない町で未経験の酒造業をやるのは難しいと思った

徳留:鷹栖町でクラフトジンを作ろうと思ったきっかけを教えてください。
南さん:私が元々育った町が鷹栖町です。高校生までは鷹栖町に住んでいましたが札幌の会社に就職し2021年に会社を辞めて鷹栖町に戻ってきました。正直に言ってしまうと、他の町のほうが起業に対するバックアップや良いと思うポイントはあったのですが、酒造の事業を起こしたことがない状態で、誰も知らない町で酒造の事業をやるのは難しいと思ったのです。鷹栖町の町長は保育園のころから知っているし安心感もありました。そして結果的に自分自身が育った家の前に蒸溜所を建てました。
食べるのが好きだからこその「美味しさ」へのこだわり

徳留:食べ物やお酒の産まれ故郷で飲むことには一定の説得力があると思っているのですが「美味しさへのこだわり」などを教えてください。
南さん:(バーテンダーさんも含めて作り手という意味で)大事にしているのが「美味しさを知っているかどうか」です。もっと詳しく言うと、美味しいお酒というか、美味しい「もの」を食べているかどうか。というところですね。値段に関係なく普段美味しいものを食べているかどうかが、その人が作るカクテルやお酒の味に影響するのではと個人的に考えています。
私達はできるかぎりいつでも「美味しいものを食べたいな。」と思ってやっているチームです。要は、食べることが好きなチームでRETROGRADEを作っているのです。
お酒を出した頃はBarに営業力が強い酒屋さんにアプローチしていました。でも、自分たちが美味しいものを食べながら飲むのが好きなので、食事と合わせる場面でも、気軽にジンを飲んでほしいとも考えるようになりました。
年末に飲食店に強い酒屋さんと契約できることになったんですね。老舗の煙がモクモクしている焼鳥屋さんでジンソーダも合うんですよ。
ジンは基本的にはバーテンダーさんと共にいるんだけど(Barにあるものという意)、特に地元のご飯屋さんにジンがあるのは嬉しかったりします。油があるものにはジンソーダ、白身魚の刺身などたんぱくなものには水割りで出しているところもあります。
水割りは原酒の質が良くないと美味しくないんです。原酒にはボタニカル並にこだわりがあって、小麦ベースのアルコールをイギリスから持ってきています。
美味しいとはいえ、(ジンの価格を考えると)700mlで5,000-6,000円するのを買うのは(焼酎などと比べると)とても高価です。そこの感覚だけは忘れないようにしようといつも思っています。
RETROGRADEの生まれる処-美味しいものを作る-
こだわりの原酒、水、ボタニカル

南さん:このiStill(アイスティル)蒸溜器はオランダ製のものです。
1回のバッチで500L製造することができます。

iStillが入っていた木箱の蓋を保存し、ここに貼っているのですが「SON & HEIR INC」という社名が刻印されています。500Lの139番というシリアルナンバー入り。
日本に輸入代理店がないので自分で組み立ててやるしかないのですが、簡単な説明書が入っているのみで(汗) わからない部分はメーカーに直接連絡して組み立てるという感じでした。

原酒に関してはイギリスから持ってきた小麦ベースのものを使用しています。
ジンのベーススピリッツとしては日本だと焼酎や日本酒が多いですがRETROGRADEは小麦ベースです。ここがこだわりの部分の一つになります。なぜ小麦にしたかというと、まずは世界で使われているものを知らないと何もできないなと思っていたからです。将来的には鷹栖町の小麦を使った原酒でいつかはやりたいという考えもあったりもします。

天気が良ければ蒸溜所の前からは大雪山系が見えます。(※取材日は上記写真のように見えずでした)
そこの大雪山の雪解け水が川に流れて、そこから水道水が作られています。鷹栖町にもその水がきていて、水質を安定させるためにフィルターを通したうえで仕込み水にしています。原酒の良さ、水の良さ、僕達が使いたいと思ったボタニカルでRETROGRADEは出来ています。

ボタニカルは10種類使用しているのですが、キーボタニカルは3種類です。ジュニパーはもちろんですが、鷹栖町のブルーベリー、ティムールペッパー(ネパールの参照)、オークモス(※昔のシャネルのNo5にも使われていた苔だそうです。)RETROGRADEはジャパニーズジンとしても考えてはいるのでピールは愛媛のレモン、オレンジのピールも使っています。
実は、(鷹栖町で蒸溜所をやるからといって)鷹栖町のボタニカルを使おうという気はそもそもはなくて、たまたま美味しいブルーベリーが鷹栖町産だったんですよ。
ジンを作っているのは、やりたいもの、作りたいもの、美味しいといっていただけるものを作るうえで、会社を立ち上げてやるなら鷹栖町だと思ったんです。ジンが流行っているから作り始めたわけでもありません。結果的に美味しいものはできれば、あとから鷹栖町に還元できるものがあるのでは。と考えています。「まずは美味しいものを作る。」そこが大前提です。
蒸溜の最初から最後までを140のセッションにわけて味を決める

南さん:(※通常、蒸溜は時間軸の変化と共に、初期のヘッド、中間のハート、後期のテイルと3種類に分けられるのですが)500Lの蒸溜器からヘッドからテイルを140のセクションに分けて管理しています。真ん中部分のハートを(セクションの)南番から何番にするかを決めます。レシピは毎回ほぼ一緒でカットのタイミングだけ変えています。
切り替えはずっとこの台の上にテイスティンググラスを置いて、仕込み水を置いて濁りや香りを見て毎回判断しています。140のセクションはコンピューターを使ってカットしています。もともと酒造業をやっていたわけではないので、基礎知識がない分、このようなシステムを使ったほうがいいと思ったのです。再現性がないものをやりたくなかったのもありますし、安定した品質を出したいという思いがありこのシステムにしました。全部データが残っているので再現ができます。
良いものは常識にとらわれず取り入れていく

徳留:RETROGRADEは繊細さを感じるのですが、この味に行き着くまでにはかなりの試行回数を重ねたと思うのですがいかがですか?
南さん:RETROGRADEは原酒にボタニカルを詰めて一回で蒸溜しています。
この味になるまでかなりの試行錯誤を重ねました。
実験で500Lの蒸溜器を使うわけにはいきませんので、ここにある5LのiStillで実験を重ねました。
これにはBluetoothのセンサーがついていて、iPhoneに温度計のデータが送られてきます。
ハートカットのタイミングを見ています。
加水するタンクはワイン醸造に使用するものをヒントに特注したもの

徳留:この大きなタンクはあまり蒸溜所では見ませんが何に使用するのでしょうか?
南さん:通常、ジンを作る際にはステンレスタンクに加水してボトリングするのですが、RETROGRADEは仕込み水の管がこのタンクに入っていて、そこからゆっくり(仕込み水を)垂らして加水していく形をとっています。水とアルコールの分子の差でゆっくり加水されていくのが特徴です。いいジンを作るために、色々な醸造所や蒸溜所を見て、ワインや焼酎などの製造方法を見せてもらいました。その方法を組み合わせて作ったのがこの蒸溜所です。このタンクは通常はワインを発酵させるために使うものなんです。このタンクの良いところは温度の影響が少ないところ。夏でも水温を低い温度に保つことができるんです。

また、水位を計る棒を使う場合もあるのですが、私達としては極力(製造中の)タンクは開けたくありません。異物を入れたくないというのもあってこちらもセンサーで計るものを入れています。
ボトルラベルのデザイン

徳留:ボトルのラベルのデザインもボタニカルなどのイラストではなく、ユニークなデザインですがどのようなデザインでしょうか?
南さん:デザイナーさんにお願いして作ってもらいました。このデザインは音を可視化したデザインなんです。信頼しているデザイナーさんに想いやコンセプトをお伝えしたうえでデザインしてもらいました。また、ラベルに関して言うと3人でやっている蒸溜所なのでボトルのバッチナンバーを書いたり、ボトルのラベリングは手作業で行っています。
食事の中にあるRETROGRDAE

インタビューの冒頭「RETROGRADEは美味しいものを食べるのが好きなチームで作っている」と語ってくれた南さん。クラフトジンは一見するとBarで飲むイメージが強いのですが、RETROGRADEの水割りを飲みながらお寿司を食べられるところがあると伺い、ランチでいただきました。不思議とお刺身とばっちり合います。ちゃんと食中酒としてのポジションが確立されていました。お料理を邪魔せず、かといってお酒の存在感がないわけではなく、きちんとそこにあるのです。
さいごに

筆者自身が北海道に足を運び始めクラフトジンを好きになり、蒸溜所に見学に行く楽しみを覚えた頃に飲んだのがRETROGRADEでした。繊細な味と北の大地のイメージが手伝い、個人的に好きになったジンの一つです。
時を同じくして、何人かのジンの関係者の方に話を聞くと鷹栖蒸溜所を応援されている業界関係者も多く「いつかこのジンが生まれる場所を見てみたい」と思うようになっていました。
2024年の秋ごろに偶然が重なり旭川に行く用事が確定。ほぼそれと同じタイミングで南さんと東京で話す機会があり今回蒸溜所を訪れることができました。
偶然が偶然を読んで大好きな北の大地でこのお酒を飲むことが出来たことにとても感謝しています。

また、つい先日、北海道の山ワサビを使ったジンが発売されました。
その名も
-溯 saku-
昨 the bar × 鷹栖蒸溜所 1st Anniversary Editionということで北海道の山ワサビをテーマに作られたジンです。もちろん私も飲む機会がありましたが、旅の途中で初めて食べた山ワサビの風味のレイヤーがきちんとありつつも旨味がしっかりあって非常に美味しいお酒でした。個人的なおすすめはもちろん水割り。食中酒としてもぴったりなお酒です。
関連リンク

鷹栖蒸溜所 ウェブサイト https://www.takasudistillery.jp/
鷹栖蒸溜所 Instagram https://www.instagram.com/takasu_distillery/
鷹栖蒸溜所オンラインショッピングページ https://www.takasudistillery.jp/jp/products